石狩湾耳鼻科
北海道の花粉症について
ちくのう 花粉症 急性中耳炎 滲出性中耳炎 めまい  
●花粉症とは
 ある特定の物質が鼻の中に吸い込まれ、I型アレルギーと呼ばれている即時型アレルギー反応が起こり、ヒスタミンなどの物質が放出され、これがくしゃみ、鼻水、はなづまりなどを起こす、これがアレルギー性鼻炎です。アレルギー性鼻炎を引き起こすものにはさまざま種類がありますが、花粉が原因になっている場合にこれを花粉症と呼びます。花粉以外にイエダニが主成分であるハウスダスト、ネコなどの動物の毛もアレルギー性鼻炎を引き起こします。

●スギ花粉症について
 新聞紙上を賑わしているスギ花粉症は札幌にはありません。スギ花粉がほとんど飛ばないためです。もともと気候により生育する樹木は異なります。北海道は温帯性落葉広葉樹と亜寒帯性針葉樹が混じりあい移行する地域にあたりますが、その中でも黒松内低地帯に一つの植物相の境界線があります。ここを境にして植物相は大きく異なります。ブナ、コナラなどの樹木はこの黒松内低地帯が北限で、スギもほぼ同様の分布をしています。札幌でも円山公園などにスギがありますが、植林されたもので数が限られています。本州在住時にはスギ花粉症で苦しんでいた患者さんも、札幌に転居してくると全く症状を起こしません。札幌においてもスギ花粉の飛散を4月上旬頃に認めますが、症状を引き起こすには量が不十分なためと考えています。
日本で花粉症が話題にされる場合、スギ花粉症がまず問題にされ、「花粉症=スギ花粉症」として議論されることが多いのですが、北海道で花粉症を考える場合、少しばかり考えを変える必要があります。
実はスギ花粉症は世界的に見ると一般的なものではなく、日本という地域に限られた局地的な花粉症なのです。北海道の花粉症は後に述べるように白樺、イネ科牧草、ヨモギからなりますが、北欧のフィンランド、スウェーデンでも全く同じです。北米ではこれにブタクサの花粉症が加わりますが、このような実状を考慮すると北海道の花粉症は世界的にはごく普通の平均的な花粉症の様相を示していると言うわけです。
●花粉症の歴史
 今では想像するのも難しいのですが、1939年に「日本には花粉症というものは存在しない」と報告が出されていました。日本で最初に報告された花粉症はブタクサ花粉症でした。1961年のことです。日本が先の大戦で敗れた後に進駐軍が上陸してきましたが、これと一緒にやってきたのがブタクサで、アメリカ軍基地周辺に繁茂するようになっていたのです。その後他の花粉症の報告が続き、1964年にカモガヤ花粉症、スギ花粉症、1967年にヨモギ花粉症、1972年にシラカンバ(白樺)花粉症などが報告されるようになりました。
●花粉症の増加
最初に花粉症が報告されてから以後、現在まで花粉症患者さんはずっと増加してきました。 なぜ花粉症がこのように多くなったかについてはまだ明らかな結論はでていません。スギに関しては植林政策の誤りや不手際がとかく問題にされがちです。しかし花粉症のなかった1950年以前にスギ花粉が日本で全く飛散していなかったわけではありません。白樺花粉症に関しては北海道で患者数が急激に増加し始めたのは1980年代です。しかし花粉の飛散が1980年から急激に増加したわけではありません。ちなみに地層の中の花粉分析によれば、北海道の白樺花粉は8000年ほど前より現在とほとんど変わらない量の飛散がずっと続いていたと推察されています。花粉症の増加の原因を植物、樹木の側に求めるよりも、人、及び人間社会のほうに求めるほうが正当のように思えます。花粉症の増加に関してはジーゼル排気物などによる大気汚染、食生活の変化、あるいは寄生虫疾患の減少などいろいろな原因が取り上げられていますが、最近の研究では、hygiene theory(衛生仮説)により説明されるようになってきています。人間の環境が細菌などの汚染から逃れ、清潔な環境になると、ヒトの免疫機構がアレルギーを起こしやすい状態に変化するという説です。少し専門的になりますが、ヒトの免疫には細菌などに対して防御する機構とアレルギーの抗体を産生する機構の大きな二つの働きがあるのですが、環境が清潔化することにより前者の細菌防御の働きが弱まり、後者のアレルギーを起こしやすい体質が強まるというのです。この基本的な免疫機構の有りようは幼小児の時期にほぼ完成し、その態様が一生涯続くというのです。敗戦から経済発展へと日本がその途を歩き始めた昭和30年代以降、日本人の生活は現在に至るまで飛躍的に向上してきています。生活環境は便利に、そして清潔になってきています。その清潔になった中で幼小児期を過ごした世代が大人になったときに、従来は起こさなかったアレルギー疾患を引き起こしやすくなっているのではないかと考えられてきています。その意味で花粉症は文明病の一つとしてとらえるべきなのかもしれません。

●北海道の花粉症
1)白樺(シラカンバ)(写真1)
ブナ目、かばのき科、カバノキ属の樹木です。白い樹皮が特徴的な樹木です。本来の正式名は大和言葉のシラカンバなのですが、一般には「白樺」という記載のほうが多く使われています。1980年代に急激に増加し、現在、札幌などの都市部での花粉症の代表的な原因になっています。花粉は4月下旬から6月上旬まで飛散します。ゴールデンウィークの頃が飛散のピークです。北海道の1年を通じて最も多く飛散する花粉ですが、その量は年によって大きく変化します。過去の例では1995年と2004年、2008年が大量飛散を記録しています。
2)イネ科牧草(写真2)
 白樺花粉症の増加以前にはこのイネ科花粉症が北海道の代表的花粉症でした。もともとヨーロッパ原産のこれら植物は明治時代の北海道の開拓期に導入されたのですが、その後急速に広がり、現在では牧草地だけでなく道端にごく普通に繁茂するようになっています。カモガヤ(オーチャードグラス)、オオアワガエリ(チモシー)、ナガハグサ(ケンタッキーブルーグラス)などが代表的なものです。5月下旬から7月中旬くらいまで飛散しますが、飛散のピークは札幌では6月中旬頃です。昔は花粉症とわからず、札幌では「夏風邪」として扱われてきました。
3)ヨモギ(写真3)
 キク科の植物でお盆明けの8月中旬から花粉は飛び始め、9月の下旬くらいまで続きます。飛散のピークは9月の上旬です。本来キク科の植物は黄色い花をつける虫媒花の植物であまり遠くまで花粉は飛散させないなのですが、ヨモギは虫のいない乾燥した地域に適合して進化し、風媒花として延命したものとされています。
 北海道の花粉症はスギが主体の本州の花粉症とは大きく異なりますが、詳細にみると北海道の中でも地域によって多少の差があります。函館などの道南地方では多くはありませんがスギ花粉症が存在し、また秋のブタクサ花粉症もあり、本州の花粉症と似通った様相を示しています。釧路などの道東地方ではイネ科牧草が主体なのですが、その飛散時期は7月が中心であり、札幌などより1ヶ月ほど遅れます。一般には白樺花粉症が札幌など道央地方では非常に多いに対して、札幌以外のところでは現在もイネ科牧草、ヨモギの割合が多く少し異なっています。札幌の中心では街がアスファルトで広く覆われるようになり、イネ科牧草、ヨモギが生育するための土の露出している面積が少なくなっているためと考えられています。
●北海道のその他の花粉症
 上記以外の花粉症もわずかながら存在します。
1)ハンノキ花粉症
 北海道の春、雪解けの時期である3月中旬、真っ先に花粉を飛散させる樹木です。白樺と同じかばのき科の樹木であるため、花粉の蛋白が白樺とよく似ています。このため白樺花粉症の患者さんはこのハンノキでも鼻症状を引き起こします。2003年春は、白樺の花粉飛散が少なかった一方でハンノキの花粉飛散が多かったため、白樺花粉症の患者さんが4月に症状を強く起こしていました。
2)イチイ花粉症 
ハンノキの花粉飛散が終了した後、まだ白樺花粉が飛散する前の4月上旬、中旬に花粉を飛散させます。イチイの名前よりも「おんこ」の名前のほうがよく知られています。残念ながらこの花粉症の診断に必要な検査試薬がなく、まだ一般の医療機関では診断は不可能です。
3)ニレ花粉症、ヤナギ属花粉症、ポプラ花粉症
 シラカンバ花粉とほぼ同じ時期に花粉を飛散させます。過去の調査ではニレ、ヤナギに対してアレルギーのある患者さんはみな白樺にもアレルギーをもっており、この花粉症単独の患者さんは認めていませんので臨床上はあまり考慮しなくてよいと考えています。
4)ヘラオオバコ花粉症
 北大の中丸らが昨年報告しました。花粉飛散時期は5月下旬から9月初旬まで長い期間飛散し続けるのが特徴です。アレルギー抗体の陽性率はけっして低くなく、比較的多くの患者さんがいるものと推察しています。
5)ミズナラ(コナラ属)花粉症
 ハンノキと同じく花粉の蛋白が白樺と似ているため白樺花粉症の患者さんが、この花粉にも症状を起こすと推察されています。6月頃を中心に飛散します。
6)オオアワダチソウ、セイタカアワダチソウ花粉症
 お盆明け、雑草地は一面黄色に変わります。その理由はこのセイタカアワダチソウ、オオアワダチソウが花を咲かせるためです。秋の花粉症の原因になっています。虫媒花の花粉であり、本来はあまり飛散しないはずなのですが、空中花粉の観測では8月下旬から9月中旬まで多く観察され、アレルギー抗体陽性者も比較的多く認められます。
●花粉症の検査
 花粉症であるかどうか、原因花粉が何であるかを調べることは、特殊なものを除き難しくはありません。どこの耳鼻科でも調べてくれます。(1)鼻汁好酸球検査、(2)原因検索のための皮膚検査あるいは血液検査が一般に行われます。ある特定の時期、季節にくしゃみ、鼻水、目のかゆみなどが出現する場合、まず花粉症を考えたほうがよいと思われます。耳鼻科医は患者さんの鼻内を観察し、鼻内に少し蒼白の腫脹した粘膜、水性の鼻汁を観察することで花粉症、アレルギー性鼻炎を疑うことができます。(1)の鼻汁好酸球検査は患者さんの鼻汁の一部を採取し、鼻汁の中に白血球の一種である好酸球がたくさん存在しているかどうかを検査します。好酸球はアレルギー反応の場所に集まってくる細胞で、この細胞の有無によって、病気がアレルギー性のものであるかの判別が可能になります。(2)の原因花粉の検索は花粉のエキスを患者の皮膚に垂らして発赤などを観察して行う場合と血液を採取して血中のアレルギー抗体であるIgE抗体を検査室で測定する方法があります。どちらの精度もほぼ同じです。正確を期すなら(1)(2)に加えて(3)鼻粘膜誘発テストを行えば確実です。花粉エキスをしみこませた直径3mmの濾紙を鼻内に置き、患者がくしゃみ発作、鼻汁分泌の増加などをひきおこすかどうかをみる検査です。しかし実際には入手できるディスクが限られていることもあり、(3)の誘発テストはあまり行われていません。しかし、以前の調査から、このテストが不可能であっても、患者の季節的症状の発現と(1)(2)の検査のみで、ほぼ花粉症の診断が可能であるという結果を得ています。
●花粉症の予防
 花粉症をおこす花粉は原則として風媒花の花粉で、虫媒花の花粉はおこしません。虫媒花の花粉は虫の体に付着しやすいべたべたした重い花粉で一般に風ではあまり飛ばされません。花粉量も多くありません。一方風媒花の花粉は軽く、かつその量は膨大です。
 花粉はだいたい朝に飛びます。雨の日はほとんど飛びません。風が強ければ良く飛びます。ですから晴れた風の強い日は花粉症患者さんにとってはたいへんです。そういう時は外出しないようにすればいいのですが、仕事を持っている人はそういうわけにいきません。マスク、めがねなどの花粉症グッズもいろいろな種類のものが多く販売されるようになってきています。症状が強い方はこのようなものを利用することが有効ですが、現在は副作用の少ない有効な薬剤が多種類でていますので、それらを症状発現の早期に、場合によっては花粉飛散前から使用するほうが効果的、かつ現実的な予防法と考えています。というのも、花粉症はいったん症状がひどくなってしまってからでは薬の効果があまり良くない一方で、症状が重症化していない時点で使用すれば、薬の量も少なく済み効果的だからです。
●花粉症の治療
 花粉症をおこさないためには原因となる物質に接しないことが一番です。スギ花粉症を例にとれば、スギ花粉は日本各地で飛散しますが、北海道と沖縄ではほとんど飛散しません。日本以外の外国でも飛散しませんから、患者さんは北海道か沖縄、あるいは外国に転地するなら、花粉症の煩わしい症状から逃れることができます。しかし、生活基盤の土地から花粉飛散時期だけにしても離れて生活することが可能な人は、実際問題としてごくごくわずかと想像されます。
 一般の治療は対症療法としての抗ヒスタミン薬の内服です。抗ヒスタミン薬は古くより使われていましたが、眠気の副作用が問題でした。しかし現在は眠気の少ない第2世代抗ヒスタミン薬と称される薬が開発され多く使われるようになっています。抗ヒスタミン薬は花粉症の症状の中でくしゃみ、鼻水にはよく効きますが、はなづまりには効果が落ちます。このはなづまりはアレルギー性鼻炎の症状の中でも頑固なことが多いのですが、これに効果のある薬も使用されるようになっています。抗ヒスタミン作用とは異なる機序でこれらの薬はアレルギー反応を抑制しています。ステロイド系の点鼻薬もはなづまりには有効です。ステロイド剤はその副作用が過度に強調されているきらいがありますが、点鼻薬のような外用薬では、内服薬、注射薬と異なり体の中にはほとんど吸収されないため、副作用はほとんど問題になりません。小児にも現在多く使用されています。
 これら薬物療法のほかに手術的に腫れた鼻内の粘膜を消滞させる鼻腔粘膜焼灼術があります。レーザーなどを用いて行います。出血もほとんどなく、入院しなくとも通院で治療が可能なため、最近よく行なわれています。本来、この治療ははなづまりに対して開発された治療法ですが、花粉症の症状全般の改善のためにも行われることがあります。ただし、はなづまりに関しては効果がある程度続くのに対して、くしゃみ、鼻水に対する効果は1年程度とされており、毎年、花粉飛散前に行う必要があります。
●白樺花粉症と果物アレルギー
 白樺花粉症には果物アレルギーが合併しやすいという大きな特徴があります。白樺花粉症が1980年代に増加したことを受けて、1990年代より増加してきています。1993年の調査では、果物アレルギーの患者さんは白樺花粉症患者の3割程度にしか過ぎなかったのに対して、1999年の調査では6割まで増加していました。白樺花粉症になってからの年数が長ければ長いほど果物アレルギーになりやすいというデータがあり、1980年代以後の白樺花粉症の増加を受けて増えてきたものと考えています。
 リンゴ、サクランボ、桃などを食べると口の中がかゆくなり腫れぼったくなります。時にはのど(喉頭)にも腫脹を起こし呼吸が苦しくなることもあり注意が必要です。特に果物の中でもビワが呼吸困難を起こしているケースが多くみられています。白樺花粉の中に入っている花粉症を引き起こすタンパク質が果肉の中に含まれている物質と、蛋白として非常に構造が似ているために起こる現象です。これらの蛋白は熱に不安定で壊れやすいため、熱を一度通すとアレルギーがでにくくなります。そのため果物アレルギーがあってもアップルパイ、リンゴジュースなどでは症状がでにくいという性質をもっています。
●おわりに
 花粉症に関連して新聞紙上がにぎやかです。産経新聞「花粉症対策バラバラ -各省庁、ようやく重い腰も・・・」北海道新聞「アトピー、花粉症、食物アレルギー、国民的病気に対策指針 -夏までに策定 厚労省」など報道されています。増加する花粉症への対策が国策レベルで検討されることは望ましいことですが、議論が樹木の伐採をすればよいという短絡的思考へ流れていかないことを願っています。花粉は遠くまで飛散するものですから、すぐ近くの白樺の樹を切ったからといって症状がなくなるわけではありません。スギを大量に伐採しても、そのかわり今度はヒノキ花粉症が問題になるだけです。花粉症は患者さんにとっては確かに煩わしいものですが、その治療は決して難しいものではないと考えています。自分の花粉症の原因を知ることにより適切に対処できるものと考えています。

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